2013年06月26日

舎熊小学校開校130周年(歴史と自然にふれる旅 8)

  6月12日の「ましけコラム」で増毛町内の小学校2校が開校130周年を迎えるお話しを
しました。
 小生は増毛町立舎熊小学校の卒業生ですが、数十年前に小生が学校へ通学していた頃
には、学校通学時に学生帽を着帽していた記憶があります。
 何時の時代から学生帽が着帽しなくなったのかは不明ですが、体育館や学生帽に付けた
校章についてお話しします。
 日本の校章には、学校の由緒沿革や校訓、環境や気候風土を用いる場合が多いと聞い
ております。
 我が母校の校章は、舎熊小学校の創立50周年にあたる昭和8年制定となっております。
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☆三本のペン………学問(真理の追究)
                 しっかり勉強せよ、そして無限に伸びるように
               ◇右のペン……徳育(やさしく)
               ◇中のペン……体育(じょうぶな子)
               ◇左のペン……知育(かしこく)
               ◇中の円 ……みんな仲良く(協力 世界の平和)
☆舎の文字…………舎熊の子
                 名誉と誇りと責任をもって
                 舎熊小学校の子どもとして
                 恥じない人になれ
☆全体の六角形……雪の結晶
                  厳しい北国の中で、たくましく
         生きよ

    80年前に郷土の先人が、このようなすばらしい教育理念を持っていたことに
    感銘を受けました。(papaジー)

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2013年06月19日

増毛治安裁判所跡(歴史と自然にふれる旅 7)

  今回紹介するのは、増毛町指定史跡30か所の指定番号1番、増毛治安裁判所跡です。
  史跡説明板によると、明治15年には北海道が函館県・札幌県・根室県の三県の県庁に
分割され、札幌始審裁判所が創設されると、その下に治安裁判所がつくられ、増毛も浦河・
小樽・岩内と共に治安裁判所ができた。これが増毛治安裁判所である。
  増毛治安裁判所の管轄は天塩国六郡と北見国の宗谷郡・枝幸郡・礼文郡・利尻郡を含
む十郡に及び、広大な地域を受け持つこととなった。
 明治18年には建坪75坪、付属建物63坪からなる庁舎が完成し、この施設は増毛支部
廃止となる昭和23年まで使用された。明治23年には法律改正により増毛区裁判所と名称
が改められている。
 明治30年に稚内区裁判所が開庁すると宗谷郡・枝幸郡・利尻郡・礼文郡が稚内の管轄に
移り、明治33年に旭川区裁判所が開庁すると上川郡・中川郡の管轄が旭川に移り、増毛区
裁判所は旭川地裁の地裁管轄となった。
 昭和22年には法律改正に伴い旭川地方裁判所増毛支部と改称され、同年留萌簡易裁判
所が開庁すると翌23年に増毛の裁判所は廃止された。
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  跡地には現在、増毛町車輌センターが立っております。(パパジー)
 
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2013年06月12日

開校130周年(歴史と自然にふれる旅 6)

増毛町内には小学校が4校がありますが、舎熊小学校と阿分小学校の2校が開校130周年
を迎えます。(papaジー)
  舎熊小学校は明治16年11月1日、増毛小学校舎熊分校として、中川徳治郎宅を借り受け
設置された。教員大石文治郎、生徒20余名での開校であった。(増毛町史より)
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     増毛第二中学校の閉校に伴い平成20年8月から新校舎に移転しました。

  阿分小学校は明治16年8月15日、増毛小学校阿分分校として、教員は福山藩士大橋
時蔵、同年9月1日、阿分村栖原角兵衛氏の一漁舎を仮校舎にしての開校であった。
(増毛町史より)
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2013年06月05日

暑寒別岳残雪と里

  暑寒別岳の雪解けは例年より10日以上遅れておりますが、本格的な夏山登山シ
ーズンに向け、増毛町観光協会主催による暑寒別岳開山式が6月22日(土)午後3時
から暑寒荘前広場で行われます。
 開山式には、関係機関から20名以上の出席を頂き、神主の祝詞に始まり玉串奉奠
し、今年1年間の登山者の安全祈願するものです。(papaジー)
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      暑寒別岳(6月4日撮影)            暑寒荘付近(6月4日撮影)
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                    暑寒別荘(6月4日撮影) 

 里では、サクランボの花が終わり、菜の花が咲く季節となりました。
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                (6月4日撮影)                                     (6月4日撮影) 


















 
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2013年05月29日

「増毛えび地酒まつり」

 5月25日(土)、26日(日)に開催されました、「増毛えび地酒まつり」は天候にも
恵まれ、2日間で39,000人の来場を頂き感謝しております。
 お祭り会場の専用駐車場も乗用車用1,500台、バス専用駐車場50台の駐車
スペースを用意しましたが、一部の来場者による民有地への不法駐車等、町民の
皆様にご迷惑をお掛けした事例が見受けられました。
 お祭り会場の臨時トイレにつきましても、昨年度より多く設置いたしましたが、トイレ
設置場所を聞かれるケースもあり、来年度開催に向けて検討しなければならない課
題が多くあります。
 また、今年の「増毛えび地酒まつり」には、道内市町村のご当地キャラの参加で、
お祭りを盛り上げて頂きました。           
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 お祭り会場内で営業している旅館からは、旅館の一部を開放しますので「授乳室」
に使って下さいと提案して頂き、「授乳室」を設けることができました。
 「増毛えび地酒まつり」の開催には、多くのボランティアの協力、官公庁のご指導・
ご協力、増毛町民の理解と協力が不可欠であり、「増毛えび地酒まつり」すべての
関係者に感謝申しあげます。(papaジー)
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         千石蔵屋台街                  増毛飛龍 御輿渡御
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         シャトルバス                  25日夜の「なごみ酒場」
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2013年05月22日

秋田藩元陣屋第一台場跡(歴史と自然にふれる旅5)

 安政2年(1855年)に幕府の名を受けた秋田藩は、増毛、宗谷、樺太(シラヌシ
とクシュンコタン)警備のため安政3年から元陣屋の構築が始まった。
 本陣となる元陣屋の東西に見晴らしの良い高台に台場が2か所設営されました。
 第二台場は、以前このブログでお話ししましたが、第一台場は元陣屋の西側に位置
しております。
 近海に異国船が姿を見せた場合にすぐさま打ち払えるよう、大筒(和製大砲)の他
に海外製のホイッスル砲などが装備された。
 第一台場跡の場所は、増毛灯台の近くにあります。(papaジー)

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        第一台場跡                        元陣屋
 
『増毛えび地酒祭り』の開催に合わせて、増毛灯台の一般公開が5月25日(土)
10:00〜15:00(予定)しておりますので、是非お立ち寄り下さい。
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      増毛灯台
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2013年05月15日

増毛に、厳島神社?(歴史と自然にふれる旅4)

   実は増毛にも、厳島神社があります。
皆さんは、厳島神社と言ったらすぐに世界遺産の厳島神社を思い浮かべると思います。
   宝暦年間(260年前)に松前の商人村山伝兵衛の運上屋の氏神「弁天社」として創建
されと伝えられています。
  増毛町にある厳島神社は、文化13年(西暦1816年)に安芸国厳島神社より御分霊
を勧請し「厳島神社」と称するようになりました。
  本殿は覆上屋(野佐屋)が掛けられ保存状態も良く、覆上屋には江戸時代末期から
明治初年に奉納された7点の絵馬のほか、狩野派の絵師による雲龍の天井画などが保
存されています。
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  境内には、増毛郡総鎮守 郷社厳島神社(昭和12年建立)の社号標があります。
戦前(第二次世界大戦)の増毛町予算には、歳出予算科目の順番が神社費、会
議費(現在:議会費)と続きます。
当時の郷社に対する町の位置付けが読み取れます。
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                                        (昭和14年度会議議決書)

  本殿は増毛町有形文化財で拝観は有料となります.
  5月25日(土)、26日(日)開催の『えび地酒まつり』には、特別拝観を予定してお
ります。(papaジー)
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2013年05月08日

懐かしいレトロな消防車

増毛町観光協会オリジナルチョロQを値下げしました。
昨年まで1個630円で販売しておりましたオリジナルチョロQを1個300円で
増毛観光案内所で販売しております。
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 増毛町消防の沿革によると、明治初年開拓者の一人として守野直次郎が来道。
明治6年に増毛に移住し、火消の設備が無いことを憂慮して、火消組の必要性を住民
に働きかけ、明治7年私設の守野消防組を結成していた。(増毛町史)
 明治27年6月に公設増毛消防組(組員定数31名)の編制まで、約20年間は増毛町
の消防は私設火消組が担っていた。

 このチョロQは、昭和7年5月に購入し増毛町消防で実際に活躍していました
『自動喞筒(31年式Aフォード)24馬力』をイメージして製作しました。(papaジー)
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(写真は昭和7年に撮影:車両が31年式Aフォードかは不明)
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2013年05月01日

鮭稚魚の放流(歴史と自然にふれる旅 3)

 増毛町内の小学校1、2年生による鮭の稚魚の放流が行われました。
放流日の4月23日は、例年より気温が低く肌寒い日でありましたが、初めて見る鮭の
稚魚に児童は興味津々で生け簀に目が釘付けでした。
  放流前に稚魚に餌を与え、留萌管内さけ・ます増殖事業協会の菅井会長理事から
鮭について説明を受け、紙コップに入った鮭の稚魚を川に放流。
 児童の中には、稚魚に名前をつけ3、4年後に暑寒別川に遡上する鮭の稚魚に声援
を送っていました。
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 増毛でのふ化事業の始まりは、増毛町指定史跡30号『天塩国水産会さけます孵化事
業』史跡銘板(抜粋)、『昭和13年、当時の天塩国水産会がこの地にふ化場を創立し、
増毛で初めてサケの放流が行われた。当時は「暑寒別事業所」と呼ばれており、以下の
ような設備が建設されていた。』                          
・ふ化槽         (2間槽7本、1間槽7本)
・住宅兼事務所(22.5坪)
・畜養池         (320坪)
・養魚池         (45坪)
 収容能力は200万粒、昭和35年を最後に閉所となった。
 その後、ニシン漁に代わる漁業資源としてふ化事業への要望は強く、北海道が昭和
38年に道立水産ふ化場の支場を建設した。(papaジー)
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2013年04月24日

増毛にお台場出現?(歴史と自然にふれる旅 2)

 実は増毛にも、台場があったのです。
 今から150年以上も前のお話ですが、安政4年(1857年)に、秋田藩元陣屋
第二台場です。
 当時は古茶内三吉神社岬台に和製大砲2門の砲塁を築き、ほかに見張台、狼火台を
設け海上よりの防衛に当たるため、慶応3年(1867年)まで設置されていました。
  東京の品川台場(お台場)の一部が完成してからわずか数年後には、ここ北方の地に
も台場が設けられたました。
 当時の緊迫した世界情勢が想像できます。(papaジー)

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     (大砲はレプリカです)
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2013年04月17日

商工会青年部総会

先日、商工会青年部の懇親会に出席しました。
会員数14名の少数精鋭で構成された団体で当町の観光事業にも積極的に参画してい
ただいております。
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私(papaジー)は、3月下旬に体調を崩し町立市街診療所で点滴治療を受けておりま
したが、新鮮なお刺身や料理を前に、我慢ができず生ビールを飲んでしまいました。
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油で揚げていて外はサクサク、中は蟹とクリームのバランスが良く、私は岩塩でいた
だきました。(調理したのは青年部部長です)
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2013年04月10日

果樹園剪定作業(歴史と自然にふれる旅 1)

北限の果樹産地増毛町は、北緯43°以北の位置にありますが、日本海を流れる対馬暖流に
より温暖な気候に恵まれ、古くから果樹栽培が営まれておりました。
増毛町史では明治16年(1883年)、今から130年前に藤原筆吉翁により増毛町暑寒沢地区
へのリンゴ植付が本町の果樹栽培の始まりとなっております。
現在も30戸以上の果樹園が集落を形成し、5月のイチゴ、6月下旬からサクランボ、8月には
プラムやモモ、秋にはブドウ・リンゴ・洋なし等の果樹栽培が行われ、シーズンには多くの観光
客が訪れます。
(シーズンには、もぎ取り可能な果樹園もあります)
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(写真は3月から4月にかけての剪定作業の様子です。)
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2013年04月08日

新年度のスタート

4月に入り町内の小学校は新1年生を迎え、新学期がスタートしました。
ランドセルを背負い希望に胸を弾ませ登校する姿は、私にはピカピカ輝いて見えます。
私(papaジー)も、4月1日付けで実に30年ぶりに観光行政担当の職場に替わりました。
ピカピカに輝いていませんが、増毛観光情報局のスタッフとして「ましけコラム」、「観光スタッフ日誌」で、皆様により多くの情報を提供させて頂きますので、よろしくお願いします。

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(児童の画像は掲載出来ませんので、平成24年4月に移転した増毛小学校の校舎です)
posted by mashikejin at 09:33| Comment(0) | papaジー