2013年08月28日

津軽藩増毛勤番陣屋跡(歴史と自然にふれる旅 9)

  文化4年幕府は全島を直轄し箱館奉行を松前奉行と改め仙台、会津、南部、津軽、秋田、
庄内の諸藩に警備と出兵を命じた。
  時に津軽藩は、宗谷、斜里、樺太の守備を命ぜられ、文化4年より毎年交替出兵となった。
   北蝦夷地及び宗谷の守備は寒気が厳しき、相当数の死者を出していたため津軽藩は、幕府
に対し、その善処方を願い出ている。
  これに対し幕府は指令を下している。(指令文 略)
  幕府の指令により文化6年以降は、宗谷の越年を増毛に変更し勤番陣屋を取建て、越年し
ている。
  陣屋は、宗谷詰、及び樺太詰が200人から300人であってので相当の陣屋が設けられた
と思われる。 この陣屋は文化10年夏焼失した。【増毛町史より】 (papaジー) 

DSC02023.jpg
           史跡場所は、稲葉町1丁目(志満川食堂の横)
posted by mashikejin at 10:44| Comment(0) | papaジー
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