2020年12月26日

石狩挽歌と兄弟

作詞家のなかにし礼さんがお亡くなりになりました。
石狩挽歌は、1975年、日本作詩大賞を受賞した曲。
作詞なかにし礼、作曲浜圭介。
海猫(ごめ)が鳴くから鰊は来ると 赤いツッポのやん衆がさわぐ
雪に埋もれた番屋の隅で わたしゃ夜通し飯を炊く……
石狩挽歌の一番の歌詞は、増毛の情景を唄ったものと聞いています。
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1998年、なかにし礼は、直木賞候補作になった「兄弟」を発表。
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その時に増毛に来町し、そのことを話されたそうです。
この本の第2章小樽の場面に増毛のことが書かれています。
小樽手宮西小学校2年生8歳の時に14歳離れた兄と一緒に増毛町舎熊に来ています。
その兄は、住んでいる家を抵当に入れ、借金をして、3日間、増毛の鰊漁の権利を買って失敗。
なかにし礼さんは、8歳の時と60代前半に増毛に来ており、増毛のことをどのように感じているのか、一度お目にかかって話を聞きたかったと思います。
昭和の作詞、作曲家の訃報が続いています。
なかにし礼さんのご冥福をお祈りいたします。
posted by mashikejin at 07:00| Comment(6) | 日記
この記事へのコメント
今朝の道新社会面に追悼記事が出ていました。町長の残念そうなコメントも拝見させて頂きました。
小樽は私の故郷であり、記事に出ていた遠戚のかたが隣町であったことに、不思議な親近感を感じました。
ご冥福をお祈りします。
Posted by 増毛クォーター at 2020年12月26日 22:08
作詞家のなかにし礼さんが亡くなられましたね。20年位前になんとなしに本屋で見た「兄弟」には、ふる里の増毛・舎熊・箸別・朱文別や阿分等が何度も出てきていたので買いました。中学から増毛高校の頃までニシンが沢山獲れました。春になると東北方面から多くのやん衆が臨時列車で来て、町は一気に活気付いたものです。ニシンが群来るのも何度も見たし、沖あげで定置網からニシンを港に向かう途中大時化になると、網や船の方が大事と網を切り、大量のニシンが岸に打ち上げられ、拾ったのを覚えています。なかにし礼が兄と朱文別の浜でニシン漁をしたのを後に「石狩挽歌」を作詞し、北原ミレイが歌い大ヒットしたが、歌詞の中に増毛の地名が無いのが少し残念です。カラオケでもふる里の増毛を瞼に浮かべながら何度も歌いました。ご冥福をお祈りします。
Posted by 佐藤 義 at 2020年12月27日 11:46
なかにし礼さんが亡くなられましたね。今から20年ほど前に何となしに本屋で「兄弟」を見て、ふる里増毛や舎熊・箸別・朱文別・阿分等の地名が何度も出てきていたので買いました。中学から増毛高校の頃までニシン漁沢山獲れました。ニシンが群来るのも何度も見たし、定置網から港にニシンを運ぶ途中に大時化にあうと網や船の方が大事と網を切り(開放)し、海岸の石や砂が見えない位ニシンが押し寄せ、手かごで拾った事を覚えています。兄が家族の反対を押切り朱文別の浜でニシン漁をしたのを後に「石狩挽歌」を作詞して、北原ミレイが歌って大ヒットしたが、歌詞の中に増毛の地名が無いのが少し残念に思います。カラオケでも何度も歌いふる里増毛を思い出しています。ご冥福をお祈りします❗
Posted by 佐藤 義 at 2020年12月27日 14:24
なかにし礼さんが亡くなられましたね。今から20年ほど前に何んとなしに本屋で「兄弟」を見ました。ふる里の増毛や舎熊・阿分・箸別・朱文別等が何度も出てきていたので買いました。中学から増毛高校の頃までニシンが沢山獲れました。春になると主に東北からやん衆が臨時列車で来て町が一気に活気付いたものです。ニシンが群来るのも何度も見たし、定置網から港にニシンを運ぶ途中大時化になると、網を切り海岸の石や砂が見えない位ニシンが押し寄せ、手かごの拾ったのを覚えています。なかにし礼が兄が家族の反対を押切り朱文別の浜でニシン漁をしたのを後に「石狩挽歌」を作詞して、北原ミレイが歌って大ヒットしたが、歌詞の中に増毛の地名が無いのが少し残念に思いました。カラオケでも何度も歌いましたが歌う度にふる里増毛を思い出します❗
Posted by 佐藤 義 at 2020年12月27日 14:55
今から20年ほど前に何んとなく本屋で「兄弟」を見ました。ふる里の増毛や舎熊・箸別、朱文別・留萌本線等が何度も出てきていたので買いました。ニシンが群来るのも何度も見たし、中学から増毛高校の頃までニシンは沢山獲れました。兄と朱文別の浜でニシン漁をした後に「石狩挽歌」作詞して、北原ミレイが歌って大ヒットしたが、歌詞の中に増毛の地名が無いのが少し残念ですが、カラオケではふる里増毛を思いながら歌っています。
Posted by 佐藤 義 at 2020年12月28日 10:08
コメントありがとうございます。
私も「兄弟」は、衝撃的でした。
14歳離れた兄が、増毛舎熊の網元から3日間鰊漁の権利を購入。3日目に奇跡的に鰊が入るのですが、本州に運べば、倍になるので、輸送船をチャーター。しかし、岩内沖で嵐に遭い、鰊がだめになり、失敗。
なかにし礼さんは、増毛町に対し、いい思いは持っていないのではと推測しています。
Posted by Hori at 2020年12月28日 11:59
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